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作ったり、年中、体のどこが具合悪いと文句垂れるおっさん「サビ屋」のBlogなんやな・・・。

※自転車乗り始めてからババチビりそうな勢いで模型作ってないってそれ前から言われてるから(戒め)

FELTとANCHORと9S下駄の熱い三台体制(活用できているとは言っていない)

2026-09-06

樽見鉄道で岐阜の山奥に行って帰ってくるだけの話  前編

 




2026年8月13日午前5時 JR松阪駅

なお、松阪は「まつさか」ではなく、「まっさか」と発音することでスパイや第五列の嫌疑をかけられずに済むゾ(愛国者特有のアドバイス)


今回は天気が微妙でサイクリングできないウサ晴らしも兼ねて、夏季休暇中に天気予報で比較的マシだった岐阜方面に日帰りでちょいと鉄道旅をいたしました。
というか、この時期の宿とかアホほど高い上にロクなタマが残ってませんからね。
そろそろ、カタギの大型連休と関係ない休みばっかの仕事にまた鞍替えしようかと思うほど。

今回の日帰りツアーでは去年の北濃経由津島参拝や、本年4月のGW前半戦にやった静岡横断チャレンジで使ったJR東海&17私鉄 乗り鉄☆たびきっぷは購入していません。

というのも、今回の予定が樽見鉄道全線乗車チャレンジなので、

松阪⇔桑名のJR・近鉄運賃(2400円前後)
※津でJR→近鉄に乗り換えたり、朝の時点で帰りのルートをどうするか考えていなかったので曖昧な金額表現になっています
桑名⇔大垣を移動する為の養老鉄道1日乗車券(1500円)
樽見鉄道1日フリーきっぷ(RYDE PASSで購入 1800円)

と、凡そ6000円でオツリが来る皮算用。
これでたびきっぷのモトを取ろうとすると、あと3000円分以上の旅程を組む必要がある訳ですが、当然ながら無理なので各鉄道会社の運賃を支払うことにしました。
桑名からの北勢線チャレンジを仕込もうかと思いましたけど、樽見から桑名まで戻ってきた時点でもうヘロッヘロになってて絶対無理だろと容易に想像できたので早々にプラン取り消し。
あと、北勢線って距離の割に結構時間かかるんですよ、西桑名~阿下喜の片道で凡そ1時間かかりますから、往復2時間は流石にキチいなぁ、と。
まぁ、おじさんもですね46歳ですからね!予定詰めすぎ旅程はただの害毒だって知ってますからね!(青森方面を見つめながら)







松阪0516発の亀山行に乗車し、津で近鉄の0545発名古屋行急行に乗り換え。
2025年デビューしたての新車1A系が入ってきました、これまだ乗ったことなかったんですよね。
それにしても、近鉄マルーンを何十年も見てきたせいか特急や観光列車以外の青色って結構印象的ですね。




で、桑名に到着して乗り換え先の養老鉄道ホームには前述の近鉄マルーン一色のこいつが。
フロントガラスを見たら、「サイクルトレイン」の掲示があり、あれ平日だからこの時間は対象外じゃないの???と思っていたら、駅の掲示にお盆期間中は休日扱いで全日サイクルトレイン利用可能ということ。





養老鉄道改札前にある券売機で1日フリーきっぷを購入。
養老鉄道も、スマホアプリでフリーきっぷを買えるんですがRYDE-PASS以外のアプリをインストールする必要があり、あんまりバカスカとアプリを入れたくないので現物のきっぷをスコッと買える時はその方がいいなぁと。



いわゆるお盆休みということで、通勤通学需要も減ってガラガラじゃろwwwと思ってたんだけど、そこそこの乗車率だったという感じ。
普段の同じ時間帯の混雑具合よりはおそらく少ないとは思いますが。




大垣駅で下車し、樽見鉄道へ乗り換え。




大垣駅には樽見鉄道の有人窓口はない、とどこかで案内を見たような気がしたんですが、改札を通って樽見鉄道用6番線に辿り着くと樽見鉄道の窓口があり、ここで1日乗車券やグッズなども購入できます。
ないというのは、おそらく大垣駅の改札外にはないという意味での案内だったのでしょう。
なお、わたしはJRの有人窓口でRYDE-PASSの画面を提示して「樽見鉄道に乗車します」と一声かけて改札を通過しています。
ただ、こういう「有人改札でスマホの画面を提示する」必要のあるモバイル乗車券ってのも善し悪しで、大垣駅みたいなそれなりに利用者が多い駅だと有人改札口が混む時はやたら混むんですよ・・・
なので、こういうケースにおいては前以てゆとりある乗り換え計画を立てた方がいいと思います、クソデカバックパック背負った外国人観光客や鉄道の利用方法を文字で理解できないジャパン人の群れで有人改札口詰まってるとかありがちですからね。





大垣から車庫のある本巣行普通列車(単行)に乗車し、本巣(有人駅)で下車。
こちらの窓口でもグッズ類の購入が可能です。

大型商業施設であるモレラ岐阜への利用需要を狙って設置されたモレラ岐阜駅には通勤需要もあるようで、モレラ岐阜開店時間前にも関わらず、大垣からの乗客の大半がそこで下車したという印象。
なお、帰りもモレラ岐阜から大垣への利用者がそこそこ乗車してきた感じです。
結局、当該列車の終点である本巣駅で下車したのは、わたしと似たようなご同輩と思われる二人組の計3名のみ。
樽見行まで40分ほどあるので、本巣駅北側の住友大阪セメントへの専用線跡などを散策します。


大垣方から見る本巣駅構内。
かつてはセメント工場からの貨車が屯していたはずの側線も見ての通り。
これが都市部ならどう考えてもダブついている敷地を駐車場だのマンションだのの用地として売却という目もあるのでしょうが、いかんせん岐阜の山奥一歩手前ではどうしようもなさそうです。




樽見側の踏切。奥が樽見方面への現役線で、手前は廃止されたセメント専用線。
セメント専用線の鉄路はここが最後で、工場へのレールは全て撤去されているようです。
で、その専用線をよく見ると、廃枕木を積み上げて分断された先から、国鉄/JRの狭軌(1067mm)より明らかに狭い軌道が現れました。




手前の専用線(1067mm)と較べて、明らかに軌間が狭い軌道。
いわゆるナローゲージと呼ばれる762mmのそれよりも狭そうで、パッと見た目では狭軌の1/2といった感じ。





この専用線跡に敷設された軌道をたどっていくと、樹脂製パレットを土台にしたお手製プラットホームのような構造物と何かの小屋が出現。
そして、その小屋に掲げられている看板には「たるてつ北レールパーク」「もんじゅCHIEくらぶ」という何かの団体や施設名を表すであろう名称。
ナローよりもさらに狭い軌道などからある程度は推測できましたが、帰宅してから検索したところ、セメント専用線廃止後に樽見鉄道から市に譲渡?された線路敷の一部を活用する為、地元住民の有志団体「もんじゅCHIEくらぶ」が15インチゲージ(381mm)を敷いて、当地を「たるてつ北レールパーク」と銘打ってミニ機関車とミニ貨車で編成されたミニ列車を運行する地域イベントを開催しているそうで。
公式サイトやSNSの公式アカウントなどはなさそうですが、Facebookの鉄道関連トピックや岐阜関連トピックなどで紹介されていました。
この小屋はおそらくそのミニ機関車・ミニ貨車の車庫だと思われます。


小屋からセメント工場側へ進むと、橋台跡が出現。


糸貫川と道路を挟んだ箇所を流れる用水路?には橋が残されており、茶色のバラストがそこが線路敷であったことを物語っています。
専用線跡は、この先もセメント工場に向かって続きますがめぼしいものも無さそうですし、時間的にもちょうどいいので本巣駅へ引き返します。



線路わきにそびえるコンクリート構造物、給水塔?と思ったら、やはり給水塔だった模様。
給水塔や転車台、車庫などといった蒸機運行時代の遺物は見学スポットとしてアピールされることが多い訳ですが、本巣駅のこれは樽見鉄道公式サイトや本巣駅待合室の掲示物などでも特にアピールされている気配はありませんでした。




本巣で下車してから樽見行を待っていたであろう例の御同輩とともに、樽見行に乗車し、木知原駅で下車。
次の目的地は、谷汲山華厳寺近くの旧名鉄谷汲線・谷汲駅とそこに保存されている名鉄車なのですが、そこへの最寄駅が木知原駅か谷汲口駅の二択。
徒歩ベースだとどちらの駅からも大差が無い距離で、地形的にもどちらかが山登りを強いられるようなコースというわけでもありません。
朝飯ロクに食わずに出発して、松阪、桑名、大垣、本巣といずれのどの駅周辺においても食事らしい食事など出来ていなかったため、徒歩圏内にファミリーマートが所在する木知原駅を下車駅として選んだ次第。
なお、御同輩もここで下車してなんとなく気まずい思いをしたり・・・当たり前ですが件の御同輩から何がしかの害を被った訳ではなく、46歳男子(強弁)が何かをこじらせているだけです。

なお、この木知原駅を「こちぼら」と読みますが、樽見でとある方(初対面)と少々世間話をさせていただいた折、この地域では「原」を「ぼら」と読むと御教示いただきました。




木知原駅は見ての通りの無人駅で、旅客的サービスと言えば待合室程度で、自動販売機やトイレはありません。
どんな無人駅でも、壁と屋根があっておそらくダイレクトな吹き曝しにはならない「待合室」があると、あっここ冬は雪ヤバいなと感じさせられます。




木知原駅近くのファミリーマート本巣木知原店で、飲み物と食糧を補給したのち、旧谷汲駅方面へ移動を開始。
ルートとしては単純で、画像の国道157号を少し移動してから、上の画像内にも案内がある谷汲山大橋で左手を流れる根尾川を渡り、あとは岐阜県道40号沿いにひたすら歩きます。
Googleマップ上での木知原駅~旧谷汲駅の距離は徒歩の場合は3.7km・50分程度。
谷汲山大橋を渡る時点でちょうど午前10時ぐらいで、旧谷汲駅だけ見て帰るのも勿体ないからついでに華厳寺も冷やかしていこうと経由地追加。
・・・いや、名刹古刹を巡る趣味はないつもりなんですけどね、歳食ったせいなんでしょうか。

なお、これから大問題が発生します。


--------------------------- つづく ---------------------------

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2026-09-04

静岡横断チャレンジその4 岳南の機関車 沼津港 蛇松緑道

 静岡横断チャレンジ その1 その2  その3

模範的愛国者にとって富士山と同程度に心のよりどころであるマックスバリュぐらいしかない岳南江尾駅から、今回の旅程におけるマストの目的地である岳南富士岡駅へ移動。






岳南電車の車庫と、かつて岳南鉄道の貨物輸送で活躍した電気機関車が展示されている「がくてつ機関車ひろば」が所在する岳南富士岡駅。
ホームから改札へ向かう構内踏切に遮断機(画像にあるスピーカーから警報音は流れます)はありませんので、乗ってきた電車に轢かれたなんてことのないよう注意して通行しましょう。





旅客ホームからがくてつ機関車ひろばへの直接アクセスはできませんので、改札を通って一度駅舎の外に出ます。
なお、がくてつ機関車ひろばへの入場は無料、予約なども不要です。
ただ、こういった用廃車両を一般向けに保存・展示してくれることへの敬意のようなもんをですな、せめてコーラ一本分か300円分程度でもいいので示すのが、まあ真っ当な文明人ってもんじゃないかなぁ、オタクの正当性みたいなことをガタガタ言う前に?と思う訳ですよ。





ということで、売り上げの一部が機関車の保全に使われるという機関車缶バッチのガチャガチャを回してみました。
なお、ED403が1発で出て気をよくしたので、2回目回そうと思ったんですけど、小銭は財布に残っていないわ、かのマスカラスさんのごとく、この1000円札でコーラを買って残りでガチャを回したまえとルチャドールかまそうかと思ったら、自販機は釣り銭切れとか、あかん富士山八合目に草生えてまうw

・・・あと、ガチャの隣にはエロ本を食う箱が設置されています。
そういえば、こういうエロ本を食う箱ってどうやって管理されてんですかね。
ゴミが溢れているようなのは見たことないですけど、仮にエロ本が溜まったらどこかのなんたら評議会とかうんたら委員会とかが回収して、リサイクル業者に引き渡して幾許かの小銭にしてんでしょうか、それとも資源ごみ扱いで捨ててるんですかね。

エロ本でふと思ったんですが、最近「エロ本の現物」を見た覚えがないんですよね。
店舗によるんでしょうけど、コンビニのエロ本コーナーなんてほぼ消滅してますし、実店舗の書店は存在自体がレアになっちゃいましたし。
その手の書店というかDVD屋は近所で営業してますけど、結局行く理由がありませんし。
イマドキの若者的には、エロい媒体なんてのはFANZAでDL購入するものなんでしょうな(エロ本で昔語りする46歳という地獄絵図)













ED501、ED291、ED402、ED403の4両と、青色のワム車2両が展示されています。
ワム車については、岳南鉄道では平成においてもワム車による輸送が続いた(最晩年にコンテナ化した模様)ようで、そのことを遺す意味でも展示されていると思います。
容量がダブつきまくっているであろう側線の一部を流用した「ひろば」に電気機関車4両が整然と並ぶ様は、機関車らしい威厳を感じます。
最新の新幹線や特急電車の技術とかを否定したいわけじゃないですけど、機関車って単純にカッコイイんですよね。




展示線で堂々とした姿を示す機関車ですが、齢100に近づきつつある戦前生まれの古豪ED501は老いを流石に隠しきれていません。
デッキの手すりは根本が腐食して折れかかっているようで、事故防止のためにトラロープでぐるぐる巻きにされています。
岳南電車としても、収益に直結し難い保存車両に修繕費を割くのは難しいと見えて、トラロープの色あせ具合からして長期間にわたってこの痛ましい状態が続いているようです。
検索したところ、前日に遠州西ヶ崎駅で見た遠州鉄道ED282は1つか2つ年上のようで、保線用として最近まで稼働していたED282とこのED501の対比を考えると、なおさら痛ましく感じます。
ただ、北海道・三笠で傷むに任せたまま、ほぼ放置されているような車両のことを思えば、まだ管理されているだけマシなのかもしれません。





岳南富士岡駅で機関車充して、目的は達成したと言えばしたんですけど、これで岳南電車線から離れるのはもったいない訳です、早々来れる距離でもありませんから。
そういった訳で、あまり深く考えずに「超かぐや姫!」HMの列車に乗って岳南原田駅で途中下車。
古い駅名標の堂々たる書体が、地方私鉄らしさを感じさせます。





岳南原田駅も無人駅ですが、隣には「めん太郎」というそば屋があります。
訪問当日は月曜日で、看板を見る限りでは定休日(日曜日)でも営業時間外でもない筈ですが、準備中といった雰囲気でもありませんでした。
ただ、ちょうどガス屋が来ていたので廃業したようにも見えません。
世間的にはGW前半戦というところもあるでしょうから、工場地帯という立地からして需要減を見越してお休みしていたのかもしれません。
デカい工場ほど、集中メンテで大型連休は操業をガッツリ止めるとこもありますから。
あと、「めん太郎」で注文したメニューは駅舎内の待合所で頂いてもいいようで、いかにも大衆食堂めいたビニールカバーのかけられたテーブルが用意されています。












岳南原田駅からは、往年の貨物輸送の隆盛ぶりを伺うことができます。
駅隣の典礼ホールや駐車場は、駅構内踏切に残る側線の一部から見て、貨物側線の跡地だったようです。




全長10km足らずの岳南電車におおいに楽しませてもらいました。
全駅訪問してもいいのですが、午後は別の予定を据えているので吉原から沼津に戻ります。




沼津駅前から、路線バスで沼津港へ。
そら、ワタクシ観光客ですからして?観光名所を回らずば観光客に非ずな平家マインドぞ?
シャァコラ!観光すんぞコラ!オマエカンコウチ!オデカンコウスル!ミヤゲウレ!(謎の芸風に苦しむ46歳)

なお、本来は沼津港の市場街を廻る路線ですが、ゴールデンウイークという繁忙期なのでこの沼津港バス停で折り返しています。
これから、その市場街を散策した訳ですがバスが入らなくて正解です。
あんなところ入ったら、京都駅のバスターミナル進入待ちで20分待たされる高速バスみたいなことになります。




沼津港内でひときわ目立つ建造物は、展望施設を備えた大型水門「びゅうお」






で、SNSで御高説だけはケッコウなことを仰るオタク君たちにですなぁ?観光客とはどういうものかといっちょ教えてやらんといけませんなぁ?キミタチィ、観光というものをしたことがあるのかね?ということで、混む前の昼飯として「沼津みなと新鮮館」内の「港食堂」で唐揚げ定食。

港に来る→海鮮系メニューとか、そんな貧困な発想ではイノベーション強者が闊歩する令和の世を生きるのは苦しいと思うんですなぁ~決して、南紀白浜で海鮮系メニューにしてやられたことへの私怨が未だに消えていないわけじゃないんですなぁ~辛いですねぇ~苦しいですねぇ~
白浜での私怨もそうなんですけど、え!海鮮系メニュー食っていいのか!ってなっても、これと言って食いたいものが思い浮かばんのですよ。
マグロ丼とか言われても・・・いや別に・・・みたいな。
だって、我大間まで行って唐揚げ定食食ってる観光客ぞ?
それなら、静鉄ストアとかでイカのオサシミパック買って食った方が幸せなんじゃねぇかなぁ青森マエダストアのイカ刺しパック美味かったなぁと、商売してる側にしてみりゃ沼津港に蹴り落したくなるような観光客でして。
たぶん、現地がアピールしてる名物食うとかダッセwwwみたいな、イマドキ中学生でもフカないようなヒネ方してるだけような気もしますけどね。





賑わいは控え目・・・のように見えますけど、あまり目の前を通ってるヒトとか撮らないようにスキを狙っただけなので、実際にはもっと賑わってます。
食事をするところは、見ての通り前述の「沼津みなと新鮮館」以外にもたくさんあります。
なんというか、観光地らしい観光地に来た気がしますねぇ!やりますねぇ!
・・・観光地の賑わいの中で散策していて、何かされた訳でも、殊更騒がしい訳でもないのに、周囲の他人を煩わしく思ったりするんだからやっぱり青森の山奥を自転車で走ってる方が性に合ってんだなぁという気持ち。

で、沼津港の観光エリアで飯以外に金を落とすことはしないというカスぶりをアピールしたのち、午後からのメイン予定へ。







沼津港前の「千本港町」交差点の歩道には、おじさんの好物が埋められています。
歩道に埋め込まれたレールからもお察しの通り、ここはかつての鉄道線跡です。
国鉄沼津港線(蛇松線)跡で、沼津港と沼津駅間で貨物輸送に用いられた路線で昭和49年に廃止されています。
この路線の面白いところは、沼津港の貨物輸送需要に対して沼津駅側から敷設されたのではなく、東海道本線建設という本邦の鉄道黎明期における大事業に際して、狩野川河口に存在した沼津港に陸揚げされた資材を輸送するために港側から敷設された路線だということ。
多少語弊はあるかもしれませんが、県内には本線が1メートルも存在しないのに貨物支線が最初に生えてきたわけです。
明治20年の敷設で、現役・廃止を問わず静岡県内においては記録上最古の鉄道路線で、蛇松という名は当地に自生していた「蛇がのたうつような枝ぶりの松」に由来するそうです。




「千本港町」交差点の廃線跡に設置されているプレート。
機関車はさておき、右の松の絵が「蛇松」だそうです。




沼津魚市場側から千本港町交差点方面を眺める。
沼津港線の沼津港駅が所在したであろう現在の沼津魚市場。
見ての通り、鉄道の痕跡や面影などは一切見受けられません。



千本港町交差点に戻り、静岡県道159号線を渡った先にある「千本港町バス停」付近からもわかる「区画を無視したような一本道」という、「いかにもな鉄道線跡らしさ」が始まります。
なお、今回の散策を沼津駅側からではなく、沼津港側から始めたのは沼津港で早めに昼飯を食っておこうという観光客しぐさ故です。




千本港町バス停近くの踏切跡
ここから、まずは魚市場付近の沼津港駅と狩野川河口付近の旧沼津港駅(明治20年に蛇松から敷設を開始した際の始点)への分岐点だった箇所に所在する「蛇松緑道お祭り広場」という公園へ向かいます。








千本港町バス停付近から、お祭り広場付近までは沼津港線の鉄路が遺されていますが、なんというか中途半端な遺し方です。






いかにもしゃれた歩道っぽく仕上げようとしたかと思えば、諦めたかのように防草シートが敷かれています。

鉄道現役時代に設置されたとおぼしい廃レール流用の柵やアスファルト舗装で埋められた踏切跡、アスファルトの割れ目から見える枕木などもあり、かつての沼津港線/蛇松線の面影がもっとも残っている箇所と言えます。






前述の踏切跡から、さらにお祭り広場側に進むとかつての鉄路がむき出しになり、線路敷にはガードレールや電柱が据えられています。

あと、線路敷は誰かによって管理がなされているフシがあり、一部は花壇のようになっています。
近隣民家の住民によるものか、自治会によるものかなどは一切不明ですが、線路敷に生えている雑木にはまず行政の仕事とは思えない「枝を切るな」という手書きビラが貼られており、なんとなく厄介事の匂いがしないでもないですが、通りすがりの余所者なので脳内で詮索するだけにしておきます。





蛇松緑道お祭り広場。
トイレや水場が設置されている至って普通の公園で、何がしかの鉄道遺構などが保存されているわけではありません。



右が魚市場方面、左が狩野川河口方面。




お祭り広場から狩野川河口方面、すなわち明治20年に静岡県内初の鉄路が敷かれ始めた蛇松へと進みます。
なお、お祭り広場には沼津港線に関するプレートなどは見当たりませんでした。




狩野川方面へ進むと、スクラップヤードとおぼしい私有地横でかなり荒れたダートが登場しますが、通行禁止などではなさそうなのでこのまま進みます。






静岡県内最初の鉄路が敷設されたであろう場所は「蛇松広場」として整備されています。
廃線跡モニュメント定番とも言える「どこの廃車かスクラップヤードからガメたのか正体不明の車輪」が据えられていますが、それ以外に鉄道に関わりがあった場所であることを感じさせるものはありません。
この広場は近年改修工事を実施したようで、Googleマップの投稿画像で改修工事前とおぼしい画像を見ると車輪の隣に、これまた廃線跡お約束ともいえる腕木式信号機が展示されていたようです。
ただ、その信号機は劣化が酷かったのが改修工事によって解体されたようで、2026年4月訪問時点では何の痕跡もありませんでした。





蛇松広場の沼津港線や「蛇松」についての解説板。
千本港町交差点横の解説板よりも多くの情報が得られます。
沼津市によって、「蛇松緑道」として再整備されているのは沼津駅付近の白銀町からこの蛇松広場に至る区間で、お祭り広場から千本港町交差点に至る区間は緑道整備事業の対象ではなかったようで、それゆえに沼津港線跡が物理的に現存してかつての鉄道の歴史をより明確に伝えているというのは、何とも言えない気分です。

東海道本線敷設後も戦後の貨物駅移転まで貨物輸送拠点となった当地には、解説板によると貯木場や貯炭場、鉄道⇔船舶の積み替え施設が存在し、相応に広大な敷地を持つ鉄道施設だった筈ですが現在ではその痕跡は確認できません。

広場の隣にはそんなもん小汚いモン知らんという風におしゃれな結婚式場が建てられています。




堤防から眺める狩野川。
狩野川の姿も明治20年からそのままという訳でもない筈なので、鉄道や港湾施設の名残は一切見受けられません。





狩野川堤防から眺める蛇松緑道。
おそらく、この一帯に貨物側線や貯木場、貯炭場などが広がっていたのでしょうが、見ての通りそういった痕跡や面影は残されていません。

ここから、沼津港線跡トレースということで蛇松緑道を沼津駅方面へと進みますが、ほぼほぼ「都市緑地として整備された歩道を歩く」という状態で廃線跡散策という意味ではあまり面白みがありません。
物理的な遺構などを眺めたい向きには、千本港町バス停~蛇松緑道お祭り広場の区間がもっとも有意義かと思います。



蛇松緑道お祭り広場以降、沼津駅付近の白銀町までこんな感じの歩道が延々と続きます。



鉄道遺構らしいものと言えば、工の字が彫られた境界杭が時折見られるぐらい。



途中で見かけたお好み焼き屋には「漫談」の文字が。
店員さんが漫談で楽しませてくれるということでしょうか。





沼津港線廃止の6年後の昭和55年に架橋された蛇松白銀歩道橋。
どうでもいいですし、まったくもってただの偶然ですが、46歳限界独居おじさんが産まれた年です。





歩道橋から眺める静岡県道380号線(旧国道1号)
この歩道橋の真下にかつては鉄道線が走っており、蛇松広場の解説板に貼られている「沼津市内を通過するさよなら列車」が通過しているのもこの地点となっています。




狩野川河口付近の蛇松町から歩いてきた蛇松緑道は、沼津駅付近の白銀町交差点前で終点となります。
緑道としてはここで終わりないしは始まりですが、鉄道線としてはまだ続きがあります。






同じく白銀町交差点前、蛇松緑道の道向かいに所在する沼津通運倉庫にはいまだその痕跡があり、上の画像で同社トラックが駐車しているあたりには埋め立てられたレールが鈍く反射しています。
同社公式サイト内の沿革小史を見るには鉄道荷役時代の配線図も掲載されています。
なお、同社社史はPDFで20頁足らずですが沼津や国内物流の近代史を知る読み物としてもとても面白いので、一読をお勧めします。
賓客が行事等で沼津に来訪することを、来沼とか言うんですね、初めて知りました。
特に同社社史が「真に幼稚」とまで形容した昭和20年代の原始的な港湾荷役、2~300トン積みの木造船が内航船の主力で時間がかかる上に船員の風体は海賊のようであったという記述、狩野川河口を利用した旧沼津港が大型化する船舶と増大する貨物量・交通量に耐えられなくなっていく様など、当時の物流の実態が生々しく記されています。

会社の歴史と当時の世界情勢等を併記するのはありがちでしょうが、「(昭和)44 年7月米国のアポロ11 号は月に着陸し、人類が始めて月を歩いた。一方、日本の学生ゲバはあれ狂った。」と記載しており、結構明け透けにモノを言う会社だなぁとは思います。まぁただの事実ですけどね。




当たり前ですが、わたしは同社の関係者でも何でもないので同社敷地に立入ることはできませんから、公道や隣接するコインパーキングのフェンスから、沼津港線跡を観察します。
同社倉庫と沼津駅敷地の間は、フェンスによって完全に分断されていますが、駅と倉庫の境界のように流れる子持川(雑木が繁茂しているあたり)には橋台が残されています。





駅構内の沼津港線跡地内に見えた何がしかの石碑。
「昭和四十七年十月一四日」と見えますが、沼津港線の廃線が昭和49年なので廃線に際して建立されたものでもなさそうです。
碑文側が駅構内を向いているので、内向けのものだとは思いますが。





※マンション左手に見える建物は沼津通運倉庫

かつての沼津駅構内や沼津港線もしくはその一部であったろう敷地は、マンションや駐車場、駐輪場などに姿を変えています。
といった訳で、沼津港線/蛇松線跡散策はこれにて終了。
いやぁ、沼津駅周辺をGoogleマップでチェックしてたら「絶対何かがかつて存在した」線形の道路があるもんですからねぇ。
千本港町バス停からお祭り広場までレールが遺る箇所とか現地での散策もよかったですが、こうしてブログを書くにあたって軽く検索してたら、沼津通運倉庫の社史にあたったり、沼津港線の線形は最初から「人」の字ではなく、現在の沼津内港への線は戦後になって沼津内港が完成してから生えたものだとか、浅学無学で誤解していた部分を是正したりだとかで、実に勉強になりました。
それにしても、半世紀前の昭和49年に廃止になって、沼津という中堅都市の相応に人口が集中していそうな場所でレールを剥がさずに残しているのはどういう理由なんでしょうね。
まぁ、レールを撤去するだけでも工事費はかかるわけですから、レールを鋼材スクラップで売っても割に合わないと言われたらそれまでですけど。





ということで、沼津魚市場周辺からラブライブ!ラッピングバスが跳梁跋扈する沼津駅まで延々歩いて戻ってまいりました。
お祭り広場~狩野川河口への分岐往復含めたら、たぶん5~6キロぐらいですかね。
あかん、これは模範的沼津観光ですわ(正論)

もし、沼津港線/蛇松線跡を徒歩で散策したいという方は、沼津駅前から沼津港バス停で下車できるバスに乗って、沼津港もしくは千本港町バス停で下車してそこからスタートするか、沼津駅前もしくは白銀町交差点あたりからスタートして、ゴールの沼津港からバスで帰ってくるのが一番ムダがないかと思いますし、行きであれ帰りであれ沼津内港観光と絡めたら充実するじゃないでしょうか、知らんけど。(大井川以西の民特有の正論)




沼津駅前着の時点で、14時半。
帰りの新幹線が三島を1822発なので、安全マージン込で18時までには三島駅の新幹線改札をくぐっておきたいところ。
だって、新幹線利用したのは8~9年ぶりぐらいだからして?我これでも観光客ぞ?






特に用はないけど、この10年ほどの行動方針である「初見の街でほっつき歩く」を実施。
前日夜にも徘徊した沼津仲見世商店街を散策し、商店街内の「キン肉マンミュージアム」に入ってみました。

1Fが物販コーナー+フリースペース、2Fが複製原画などを展示しているミュージアムとなっており、2Fへの入場には入場料が発生します。
こんなこと言うのも限界中年ぶりが際立つのですが、キン肉マンというコンテンツにそこまで思い入れだのこだわりだのがあるわけでなく、昭和55年生まれの真っ当な中年になれなかった元クソガキが断捨離しそこねた知識として知ってるだけなので、有料の2Fミュージアムフロアに上がる気にもならず1FでなんぞXのネタになりそうなグッズでも買おうかとあちこちウロウロ。

うん・・・まあ・・・キャラクターグッズ商売として真っ当なんでしょうけど、キン肉マンのプリントTシャツで4500円とか5000円とか言われるとすんげえ真顔になりますねぇ・・・
もちろん、キン肉マンという作品を愛していて、グッズに湯水よりもジャブジャブ金を使いたいって方を非難したいわけじゃありません、ご自身の自由になる金と自由意志に基づいているならどうぞご自由にってなもんですしぃ、当方とてイヤというほど身に覚えはございますがぁ、気紛れの時間つぶしで入っただけの限界中年にとってそこまで欲しくないTシャツに払える限度額をブッチぎっておるわけでしてぇ・・・
もちろん、このミュージアムの商売をどうこうOKIMOCHIしたいわけじゃありません、そこまでカスになった覚えもありませんからして。
イマドキのキャラグッズってこんなお値段するの・・・?と、10年以上アップデートされていない知識のギャップを抱えつつ退店。いやホント、金落とさない客ですいませんねぇ。




とはいえ、三島に行くのはまだまだ早すぎるので周辺を徘徊した結果www
駿河武士の社交場ですな、徳川慶喜公もそうだそうだと言って候・・・(歴史的風評被害)





三島で晩飯食うアテがないので、沼津駅前商業施設「イーラde」内のしずてつストアで天丼・冷やしそばセットという徳川慶喜公ご愛顧(古事記にも書いてあり早漏・・・)の一品を食した、あかん胃腸が大政奉還してまう・・・ザンギリ頭を叩いて文明開化しなくちゃ(愛国者特有の正論)


※イーラde





隣駅とはいえ、東海道線の帰宅ラッシュに揉まれたくなかったので17時前には三島へ。
某国人団体ツアーの喧噪に包まれた新幹線改札内の待合でダラダラ待って、定刻通り1822発の名古屋行こだま845号で名古屋へ。
まぁ、やっぱり新幹線はすごいですね、チョー快適。
チョット目ェ閉じてたら、静岡から浜松あたりまでの記憶がほぼほぼスッポ抜けておりましてw




名古屋駅から、ようやく車両更新の話が出てきた「快速みえ」に乗車。
それはそうと車両更新した場合、「1両目の半分だけ指定席」っつう鉄道系動画で意外とネタにされてない気がする現行ルールというか運用って変わるんですかね。

なお、意味や意義があるかどうかはともかく、名古屋からJRで松阪まで快速だの特急だので乗り換えなし移動したい場合は、「快速みえ」か「特急南紀」の二択になります。
「特急南紀」は、熊野・新宮方面へ連行するやつですけど、多気「まで」は松阪方面への列車としてアリな選択肢だと思います、「快速みえ」同様に伊勢鉄道線で津まで短絡しますし。
まぁ、それが嫌っつうか面倒なら近鉄使ってクレメンスとしか・・・

ということで、松阪から修善寺まで行ってみました。

鉄道旅もいいんですけど、やっぱ自転車旅してえなぁ・・・





--------------------------- おわり ---------------------------